一棟の宿泊料金(/泊)
2名様の場合 26,000円/泊 ~(一棟) 6名様の場合 38,000円/泊 ~(一棟)
3名様の場合 29,000円/泊 ~(一棟) 7名様の場合 41,000円/泊 ~(一棟)
4名様の場合 32,000円/泊 ~(一棟) 8名様の場合 44,000円/泊 ~(一棟)
5名様の場合 35,000円/泊 ~(一棟)    

淳風しらふじ庵の庭には龍門瀑の石組が組まれております。

龍門瀑とは、鯉が三段の滝を登りきって龍に化す様を庭に造景したもの。
鯉が死を掛けて龍になるべく努力する様子に習い、僧が悟りを得るまで努力しなければならないことを滝石組で表し、
禅の精神を教えています。
この「龍門瀑」は、京都市内では「天龍寺」、「西芳寺」「金閣寺」「大徳寺」「松尾大社」にも見ることができます。

そもそも龍門瀑とは中国黄河中域、龍門山にある名滝のこと。
この滝は、古代の伝説の国家「夏」王朝を開いた「兎王」が黄河の治水をした際に生まれたと言われ、
三段にその激流を落としています。
その流れ落ちる様はこの世のものとは思えない凄まじさで、古代中国人はこの滝に向かう鯉を見て、
滝を乗り越えた鯉だけが、頭に角が生えて龍になる”と信じました。

このエピソードが「鯉=修行僧」「龍=悟りを得た僧」となり、
禅語「三級浪高魚化龍(さんきゅう なみたこうして うお りゅうとかす)」が生まれ、
更には一般に流布し、「悟り=出世」と置き換えられて「登龍門」の語源となりました。


このエピソードを庭園に取り入れたのが夢窓国師(1275年-1351年)という禅僧です。
夢窓の作庭した西芳寺の庭園(国の特別名勝、史跡)、および天龍寺の庭(国の特別名勝)は後の庭の様式の規範となり、
金閣寺はこれを写し、大徳寺の大仙院はこれを枯山水で表現、
龍安寺は下の池を鯉の池とし、昇天し龍となった姿を枯山水の石組で表現しました。
昇天天龍寺、及び龍安寺の寺名はこれにより銘名され、庭はそれを表現したものと言われています。
そのほか禅宗寺院に龍が多く描かれているのは雲水(=修行僧)に悟り、すなわち龍になれという目標を掲げたものと言えます。

この「鯉の滝登り」は中国の有名な古事で、日本では「鯉のぼり」の元となっています。

我国の風習として男子の出世を願い上げられる5月の鯉のぼりですが、
一般に知られる“いらかの波と雲の波~"の「鯉のぼり」の歌
(「屋根より高い鯉のぼり…」は昭和の作、この歌詞は大正時代の作)
の3番の歌詞は、

百瀬の滝を昇りなば
たちまち龍となりぬべき
我が身に似よやおのこ子と
空に踊るや鯉のぼり

であり、この「鯉の滝登り」が「鯉のぼり」の元となっていることがよく分かります。

この「淳風しらふじ庵」の庭においては、 いらか(=瓦)の波を黄河とし、三段の二つの石段を二段の滝と見立てています。
龍に昇天する滝は庭の奥でその視線を受け止めるオブジェ。
その中心には北斗七星、滝の下に泳ぐのは鯉を表現する鯉魚石となっています。

因みに鯉が滝を昇る日は5月5日とされていますが、江南の地で鯉が目覚めるとされる日は3月3日。
古来中国ではこの日、水辺で身体を清め、宴会を催し、
災厄を祓うという「みそぎはらいの儀」と「曲水の宴」が行われていました。

これは、日本に伝わりその後「歌と酒の宴」として宮廷の儀式として定着しますが、
本来は “ひとかた(人形)”を水に流す儀式で、これが「ひな人形」となり「ひな祭り」に発展したと言われています。
つまり、この庭園における「いらかの波」は、同時に曲水を表現しています。

「みそぎはらいの儀式」には果物の桃が供えられていました。
2010年、奈良の遺跡より大量に桃の実が出たことでヒミコ宮殿説を一層有力にしていますが、
古くから桃は霊的に穢れを祓う力があると考えられてきました。
ひな祭りに桃の花がつきものなのはこのためです。